競輪業界の衰退期~これまでの歴史と衰退原因について解説します

競輪の歴史も常に輝かしい訳ではありません。
爆発的な人気で収益を増やした黄金期の後には、長く苦しい衰退期が待っていたのです。
この衰退期は極めて長く、70年ある競輪の歴史の実に半分を占めるほどです。

 

ここでは大人気だった競輪が衰退してしまった理由や問題点を振り返って行きたいと思います。
衰退した歴史を知れば、発展するきっかけを手に出来るかもしれません。
魅力的な競輪を次の世代へ繋げるためにも競輪の歴史に意識を向けてみましょう。

 

暴動によるイメージの悪化

 

1948年に誕生した競輪は多くの人に愛され、極上のエンターテインメントとして受け入れられました。
事実、収益は毎年右肩上がりで上昇をしており、戦後復興に大きく貢献しています。

 

しかし、それはあくまでもサイクルスポーツが好きな人ギャンブルが好きな人だけだったのです。
強い興味を持っていない一般人からは、暴動が発生する危険な場所という認識の方が強かったのでしょう。
昼間から競輪場で入り浸るギャンブル中毒者は小さなトラブルをいくつも起こしていました。
そうしたネガティブな印象が競輪のイメージをどんどん悪化させてしまったのです。

 

ついには国会が競輪を規制するまでになり、発展を大きく阻害されたのは間違いありません。
利用客のマナーが悪かった、それが競輪を衰退期へ陥らせた一因なのです。

 

長くつらい衰退期

 

競輪業界の長い衰退期のイメージ

 

1965年の時点では、競馬よりも競輪の方が市場規模が大きかったのです。
公営ギャンブルの代表として扱われており、時代の象徴とも言える状態でした。

 

状況が変わったのは1975年で、誕生したばかりの競艇に売上で負けてしまったのです。
競馬にも競艇にも負けた競輪は、徐々に利用客が離れて行き衰退してしまいます
前年度マイナスの成長が何年も続き一向に改善できない状況が続くのです。

 

選手のランクを再編したり、新しいグランプリを創設したり、様々な対策を行っても焼け石に水の状態でした。

 

結局、売上が前年度に対してプラスになったのは2014年です。
長くつらい衰退期は競輪の普及や活性化に大きな傷跡を残したと言えるでしょう。

 

マナー向上と設備改修の遅れ

 

競輪の衰退期が長くなってしまったのは、根本的な問題に誰も着手しなかったからです。
暴動などで度々問題視されていた利用客のマナーを、抜本的に解決することが出来ないまま平成の時代を過ごしてしまったのです。

 

競輪の衰退に頭を悩ませる男性

 

また、老朽化した施設が放置されて汚い状態になり、若い世代や新規客を蔑ろにしたツケが回って来たのも原因でしょう。
インターネット発券が行えるようになって来たのも2018年と競馬や競艇に比べて大きく遅れていました
戦後の価値観から脱却できずに、時代の需要を考慮出来ていなかったのです。

 

2020年現在、衰退期を確実に脱しているとは言えない状況が続いています。
競輪がより多くの人に愛されるためにも、マナー向上と設備改修は急務ではないでしょうか。

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